新作
本格的に始めます
最初に紹介する詩はこれです
『古賀志山の原人』 あらかみさんぞう
ずっと、ずっと大昔/人と動物がともにこの世に住んでいたとき/なりたいと思えば人が動物になれたし/動物が人にもなれた/だから時には人だったり、時には動物だったり、互いに区別はなかったのだ/そしてみんなおなじことばをしゃべってたのだ/ *南東アラスカエスキモー族の神話
1、
暗闇に
石器時代人がいるー
ちょっと気味がわるい
ぼくが目をつむると、目をひらく
真夜中ぼくが眠ると、むっくり起き上がる
捕まえようとすると、姿を消す
なんだかおもしろくない
あいつは好きなことを好きなようにやっている
木や石や鳥や虫とも気持ちを通わせ自由に会話しているらしい
ぼくは真面目で几帳面で重い吃音症だというのに
あいつはコトバを話さない
そのくせ全身にコトバが溢れている
ぼくなんか話そう話そうとコトバを追いかけているうちに
話したいことが通り過ぎていってしまうのに
だからドモリになってしまったのにー
もうゆるせない
夜、机に向かって教科書を開こうとすると
そんなことはムダだからやめたほうがいいよ
それより耳を澄まして森の茸の胞子の飛ぶ音を聴いてみないかなどと囁く
思わずうとうとしていると
すうっとぼくから抜け出していく
親から禁止されている窓から出て石塀を伝わって暗闇に消える
きっとぼくが怖がっている月明かりのワリ山を徘徊しているにちがいない
そこでなにをしているのだか
2、
ーあの頃、家の周りにはまだ
深い森があり
暗い夜があり
曲がり角には、神々が住んでいました
そしてぼくは、中学生になりました
真面目なよい生徒に、なろうと決心しました
それなのにやっぱりあいつが、本性をあらわします
校則違反、粗暴行為の常習犯だとたちまち問題児の烙印を押されてしまったのですあれはぼくじゃないのに、ぼくは模範生なのに、まったくいい迷惑です
生活指導の女の先生はよそいきの言葉で長い説教を締めくくりました
「これからは人並みの人間になりますか、それとも退学なさいますかー」
ぼくは怖くなってすぐに謝ってしまおうとしたのですが
あいつは涼しい目で先生を見上げながら何か呟いています
—人はイヌやネコやケダモノとはちがうなんてウソ マジメなよい子なんて
バカ 話しあうなんてムダ ぼくらは話をきかない、本をよまない、人並み
にならない 大地にふれる 匂いをかぎ、舌でなめ、水にもぐり、イノチに
きく 誰もぼくらを檻に入れることなどできない ぼくらの自然に蓋をする
わけにはいかないー
授業が終わると、野球をしました 一の沢ニの沢で魚をとりました
裸馬を乗りまわしました イタズラして種牛に追い掛けられました
学校のワルを集めタバコを吸いました 他校の生徒を襲撃しました
だがそうしているうちにぼくの思春期は弓のように張りつめました
その頃、一人の女生徒に心を奪われていました
ぼくにはホトケサマにみえました
ある夜、神社の林の中でぼくは飛びかかりました
ホトケサマを地面に押さえつけライオンのようになめました
草食動物のような悲鳴をあげてホトケサマはぼくの腕のなかでもがき
ぼくの手首にがぶっと噛みつき、ぼくの手を振りはらうと街道の方に逃げました
びっくりして反対側の暗闇の方へ隠れようとするぼくに、あいつが叫びました
ー逃げてはいけない、大切なら、追いかけろ 捕まえて、抱きしめて、血をかよ
わせろ 後悔してはいけない、ホトケサマにも自分にもいけないことをしたまま
途中でやめるのはもっといけないー
だがどうしてあいつの言いぐさにぼくが従わねばならないのか
ホトケサマは街へ、だがぼくは暗闇のなかへ、全速力で走りました
そのまま走りつづけました ぼくはなんだかすべてが終わったと感じました
自分を(ぼくもあいつもー)消してしまいたいと思いました
夜の奥へどこまでも走っていきました
3、
ぼくは、古賀志山の崖の下にいました
剥き出しになった闇の裂け目が一気に蒼天に立ち上がっています
太古から人はここに来て自分を生みだす力を受けとりました
崖は地球のいのちの通路です
ぼくは崖に呼びかけます
ぼくの胸に言霊があふれ崖の内部に共鳴します
風は崖を吹きぬけぼくを吹きぬけて風になります
崖とぼくのいのちが同調して響きあいます
ぼくは西陽に温められた磐肌にからだを密着させます
女神の襞につつみこまれ、細胞は快感にふるえだします
そのふるえはつつみこむものにも波のようにひろがります
やがて足の裏から会陰から頭頂へ
ぼくがゆっくりと融けていきます
そして一匹の蜥蜴になります
一足一足、崖をのぼります
ぼくが、崖を、抱きしめると、崖も、ぼくを抱きしめます
崖が、ぼくを、抱きしめると、ぼくも、崖を、抱きしめます
一匹の青い蜥蜴が、身を捩らせながら、自然の女体に分け入っていきます
4、
転落事故が、その直後に起りました
オーバーハングで身動きがとれなくなっていたぼくが
やっと右手を延ばして掴んだ細い椎の木が根元から抜け落ちてしまったのです
ぼくの身体は空中に放りだされ一回転して落下していきます
落ちていくぼくを真上からもうひとりのぼくが見ています
からだが鷹の巣のような岩棚に叩きつけられる瞬間も見ました
岩棚には柔らかな枯れ草が敷き詰められていたことも見届けました
どうやら助かったらしいー
鯨のように息を吹いたあと少しづつ意識が戻ってきました
痺れているからだの底からイノチが殺到します
ぼくは確信しました
《ぼくは生み落とされたのだ!》
柔らかな夕陽が山を包んでいます
遠くの人里に夕餉の煙りがのぼっています
生まれたばかりのぼくは古賀志の胸に抱かれています
いつのまにかぼくらは一つになっています
生きているものすべてがぼくと呼吸をあわせています
生きているものすべてと一つになっていく喜びをうたっています
5、
それからは、ぼくは夢を見ないで眠りました
夜の彷徨は、止まりました
昼の吃音は、すっかり治りました
神社の森は、住宅団地になりました
ワリ山には、PC工場が建ち並びました
ぼくは七度、死にそこないました
ぼくのなかの石器時代は滅びたのでしょうか
いいえ、ぼくの暗闇にもうひとり
息を潜めています
どんなに足掻いても、ぼくらは死んでいくものと死ぬことのないものです
終わるものと終わらないものです
一つにはなれないものと一つになろうとして生きかわり死にかわりしています
宇宙の日々を思い出しながら今を生きています
地上のあらゆる生命と波長を合わせながら、不思議な合体のときをめざして
終わることのない、いのちの舞踏を続けています
ぼくは、しばし評価と計算と独語を中断して
目の前の世界のあるがままにある豊かさと空しさを味わおうと思います
目の前の世界をともに生きる喜びと哀しみを歌おうと思います
あふーあふー
あふーあふー
古賀志の崖はいまもぼくのなかに聳えています
注 古賀志山583mー宇都宮北西、日光連山の手前に鋸歯状に続く山並み。
コガシヤマのコガシは動詞コガス(扱)の名詞形、草木等を引き抜く、根こぎするなどの意。
また、コカス(転・倒)=倒す転がす横にする滑らす落とすなどの意がある。
私は部屋の正面にいつもこの古賀志の崖を見ながら成長した。
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