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May 10, 2006

詩集 暗夜飛行 Ⅱ 

10、『古賀志原人奇譚』    

ずっと、ずっと大昔/人と動物がともにこの世に住んでいたとき/なりたいと思えば人が動物になれたし/動物が人にもなれた/だから時には人だったり、時には動物だったり、互いに区別はなかったのだ/そしてみんなおなじことばをしゃべってたのだ/ *南東アラスカエスキモー族の神話


  1、

ぼくの暗闇に
石器時代人がいます

ちょっと気味がわるい
真夜中ぼくが眠ると 目をひらく
ぼくを金縛りにして むっくり起き上がる
やっとぼくが声をあげると 姿を消す

なんだかおもしろくない
あいつは好きなことを好きなようにやっているようです
木や石や鳥や虫と気持ちを通わせ自由に話しているみたいです
ぼくは真面目で不器用で吃音症だというのに

あいつは殆ど言葉をつかわない 
そのくせ全身にコトバが溢れています
ぼくなんか話そう話そうとコトバを追いかけているうちに
話したいことが通り過ぎていってしまうのに

もうゆるせない
夜 机に向かって教科書を開こうとすると
そんなムダなことはやめろ
それより森に行って茸の胞子の飛ぶ音を聴け などと嘯くのです

思わずうとうとしていると ふっとぼくから抜け出し
親から禁止されている窓から出て石塀を伝わって暗闇に消えていく
きっとぼくが怖がっている月明かりのワリ山を徘徊しているのです
そこでなにをしているのだか


  2、

鬱陶しい夏が来て
バリカンの歯から散った毛が瞼に落ちるのを堪えるたびに
にきび面の悪相が出来あがりました

中学生になったぼくは
すぐに「校則違反」をくり返しました 問題児の烙印を押されました 
その挙句「反省の機会を与えるため」停学処分を受けました あいつのお陰でー

だがぼくが悄げていると あいつは耳打ちしました
ーハンセーなんてするものか
ーオリになんて入るものか フタなんてされるものか
ーホンなんて読むものか ジなんて書くものか イイコになんてなるものか  

停学しても野球だけは続けました 一の沢ニの沢で鰌を釣りました
裸馬を乗りまわしました 種牛にイタズラして追い掛けられました 
他校の生徒を襲撃しました ワルを集め喫煙クラブを結成しました 
その間にぼくの思春期は弓のように張りつめていました
そして一人の女生徒に心を奪われました 
涼しい眸を一目みただけでホトケサマであることが分りました
ぼくは出会うたびに憧れをふくらませ神棚に写真を祀って拝みました
だが あいつは違いました

ある夜それは唐突に起きました
神社の森のなかでぼくはホトケサマに飛びかかっていました 
獲物を捕らえる獣のように地面に押さえつけました 
だがホトケサマは草食動物のような声をあげて腕のなかで激しくもがきました
一瞬ぼんやりするぼくをホオケサマは信じられない力で撥ねのけ
呪詛のことばを吐きながら街道の方に逃げました

ぼくは切れた下駄を放りだしてその反対側の暗闇の方へ走りました
ーお前が逃げちゃいけない 追いかけろ追いかけろーあいつが叫んでいました
だがどうしてそんなことができるというのか

ぼくは暗闇のなかへ裸足で走りました ホトケサマから投げつけられた呪詛が追いかけてきました ぼくは走りつづけました ぼくはなんだかすべてが終わったと感じました 自分を(ぼくもあいつも)消してしまいたいと思いました 
夜の奥へどこまでも走りつづけました


 3、


古賀志山の崖の下に ぼくは立っていました
むき出しになった垂直の裂け目が天を目ざしていました
荒れ狂う魂を鎮めるために人は太古の昔からここに来たのでしょうか

崖を見つめているうちにいつのまにかぼくは
崖の脈拍に包まれていました 女神の襞に包まれていました
不意に発作が襲ってきました

ぼくは堪えられなくなって
西陽に温められた磐肌にからだを密着させました
波のような陶酔が押し寄せ包みこむものに広がりまた押し寄せてきました

ぼくのなかで何かが起っていました
足の裏から会陰へ会陰から頭頂へ変化が起っていました
一匹の爬虫類が 姿をあらわしました

一足一足 崖を登りはじめました
その爬虫類が崖にしがみつくと 
崖はやさしく抱きよせました 

青い爬虫類が
身をよじらせながら 一足一足
崖の女体に分け入っていきました

 4、 

転落事故が その直後に起ります
オーバーハングで身動きがとれなくなっていたぼくが
やっと右手を延ばして掴んだ細い椎の木が根元から抜け落ちてしまったのです
ぼくの身体は空中に放りだされ一回転して落下していきます 

落ちていくぼくを真上からもうひとりのぼくが見ていました
からだが鷹の巣のような岩棚に叩きつけられる瞬間も見ました
岩棚には柔らかな枯れ草が敷き詰められていたことも見届けました

鯨のように息を吹いたあと 少しづつ意識が戻ってきました
痺れているからだの底からイノチが殺到しました
ぼくは確信しました
ぼくは生み落とされたのだ!

柔らかな夕陽が山を包んでいました
鷹の巣の岩棚から遠くの村の夕餉の煙りが見えました
生まれたばかりの赤児になってぼくは古賀志の胸に抱かれていました
ぼくは深く息を吐きました 空と山と大地も深く深く息を吐きました


 5、

それからぼくは夢を見ないで眠りました
深夜の彷徨癖は止まりました 
吃音も消えました

それから神社の森は住宅団地になりました
ワリ山にはPC工場が建ち並びました
それからぼくは七度死に損いました

ぼくのなかの石器時代は滅びたのでしょうか?
いいえ 今こうして 
シャツを着替えています

あの頃のぼくはー
思わぬことに出会うたびに隠れてしまいます
暗闇で息を潜めています

ぼくの趣味はペットの飼育です
アオジタトカゲ アオカナヘビ ホソユビヤモリ グリーンイグアナ 
ベアデットドラゴンなどの目が 薄暗くしてある部屋のなかで光っています


注 古賀志山583mー宇都宮北西、日光連山の手前に鋸歯状に続く山並み。
  コガシヤマのコガシは動詞コガス(扱)の名詞形、草木等を引き抜く、根こぎするなどの意。
  また、コカス(転・倒)=倒す転がす横にする滑らす落とすなどの意がある。
  私は部屋の正面にいつもこの古賀志の崖を見ながら成長した。

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